第三部
やがて沈丁花の花の香りが漂いだして春の装いに街は染まって行った、新宿とは言っても二人の住むアパートのある新大久保の辺りは下町だ、民家の庭先などには季節の花などを楽しむ事も出来る風流さを保っていた、しかし相変わらず二人は得体のしれない何かに怯えながら暮らしていた、そんな晃一は何時ものように、お絞りの配達に夕方の時間を費やしていた、するとスナックと居酒屋が並ぶ裏路地の奥から、男達の怒号が鳴り響いて来た「お前誰に断ってこの辺りで商売してんだ、シンナーひとつ売るんでも挨拶ってもんがあるんだよな」数人の男に囲まれて土下座をしている男の姿があった、男達の一人と晃一は眼があった「おい、おしぼり屋、見せもんじゃねえ早く失せろ」と言いながら近寄って来た、しかし、男達がやりあっている奥の店までおしぼりを配らなければならず、晃一は立ちすくんでいた、しかしつまらない事に巻き込まれたくないと思い、ここは後回しにして次に行こうと歩き始めた時だった「晃一、晃一じゃねえか、そうだよな晃一だよな」振り返るとそこにはあの何時もタイミングの悪い、守の姿があったしかし、あのころの守とはどうも様子が違っていた、ビシッとしたスーツを着てどうやら兄貴分のようだ、返す言葉も見つからないで居る晃一にその守が近づいて来た「久しぶりだなぁ晃一、こんな所で何してんだよ、まぁいいやゆっくり話そう」そう言うと振り返ってあの頃の守とは思えないほどの迫力で「お前ら俺は用事が出来た、そいつは適当に可愛がって事務所に連れて行って話し付けとけ」と言い放つと晃一の背を押して歩き出した、晃一は守のあまりの変貌ぶりに言葉を無くしていた、久し振りの再会に興奮気味の守に、まだ仕事が残っていると告げると守は「そんな物はいいから、後でウチの若いもんに配らせるから心配すんな」夜の店へのお絞り配達はヤクザが仕切っているのは知っていたが、あの守がヤクザになっているとは、晃一の頭の中は懐かしさと混乱でほぼ思考停止状態に陥っていた。
つづく







